多事想論articles

顧客の属性に応じた説明の仕方

もう十年以上前、学会のイベントで、自動車会社の工場見学に参加した経験があります。学会のイベントだからと、特別なラインを見学させてもらえるわけでもなく、地域の小学生が学校の遠足で行くような一般的な工場見学と同じラインでした。

工場の入り口には、以下のような大まかな工程が順番に説明された案内板がありました。

「切断・プレス」→「溶接」→「塗装」→「組立」→「検査」→「出荷」

「塗装」の工程の説明を読んでみると、「溶接された車体を洗浄し、塗装します」と書かれており、当時の私はかなりショックを受けました。

当時の私は工業化学薬品の研究開発に従事し、自動車ボデー向けの塗装下地薬剤を開発していました。この薬剤は、自動車ボデーの表面に塗装下地皮膜を形成させるものです。塗装下地皮膜は、自動車ボデーを脱脂洗浄後に、塗装下地薬剤で化成処理という反応を伴う処理を行うことで形成され、塗装の密着性と防食性を高める重要な役割を果たしていました。

この皮膜がないと、小さな衝撃で塗装が剥がれ、雨水や汚れなどが金属表面に浸透して錆びやすくなります。限られた金属資源を有効に活用できていると感じ、地球への貢献という観点から、この薬品の開発に誇りを持っていました。

にもかかわらず、この案内板には、その重要な塗装下地工程が省略されてしまっていたのです。

「この案内では、私が関わっている塗装下地工程について、工場見学に来た人たちに知ってもらえないじゃないか」、「自動車会社から見れば、私が研究している塗装下地薬剤の化成処理がそれほど重要でないのか」、と不満を抱いてしまったことを今でも覚えています。

しかし、今冷静に考えれば、小学生が工場見学するようなラインで、「ボデーは合金化溶融亜鉛めっき鋼板と、冷延鋼板、アルミニウムなどで構成され、鋼板表面をエッチングして、酸化還元電位の関係で別金属の皮膜が析出して・・・」、といった説明が書かれていても理解される訳がありません。なんとも若気の至りの話であったな、と思います。

工場見学の場では、限られた時間でわかりやすく自動車を製造する工程全体を説明する必要があります。そのため、たくさんの工程がある中で説明する、説明しないを取捨選択し、それでいて工場見学へ来た自動車の製造をよく知らない人たちに全体の流れが違和感なく理解出来るものにしなければいけません。

塗装下地工程が省略されていたのは、自動車会社が塗装下地工程を重要で無い、と判断したためでなく、あくまで工場見学へ来た人が理解しやすいように、省略しただけ、と考えられます。

実際に、それから数年後、私たちの会社は、塗装下地の新しい薬剤を開発し、その自動車会社の研究所に紹介したところ、その自動車会社の研究所の方は興味を持ち、最終的に、その方は、「この薬剤のおかげで、これまでと同等の塗装下地性能が確保でき、その上、コストが削減することができる!」と、私たちにとても感謝してくれました。

私たちが製品や技術を説明する際には、相手の属性をきちんと認識した上で、説明を行う必要があります。

実際に、私が自動車会社の研究所に紹介した際には、相手が製品や技術をよく知っていることを事前に把握していたため、相手が最も知りたがっている性能やコスト、他社製品との比較などを詳細に説明することで、相手の興味を引くことができました。

一方、普段その製品や技術に関わりが全く無い人に説明する際には、どう説明すべきでしょうか?

冒頭の工場見学を例に考えると、自動車作りをよく知らなかったり、全く興味の無かったりする小学生がターゲットになります。その場合、まずは興味を持ってもらうところから始める必要があります。彼らにとって身近なもの、例えばおもちゃやゲーム機など、に置き換えて説明を行い、イメージしやすくしてから説明するのもよいでしょう。また、専門用語やわかりにくい説明を避け、一般的な用語で説明をし、具体例を出して、イメージしやすくするのも重要です。さらにわかりにくい箇所については、写真やイラストを使って視覚的な情報で、説明を補うのも大切です。

このように、想定される相手の属性を踏まえて説明する内容を考えると、色々なアイデアを出すことができます。

私は、工場見学と、研究所への技術の紹介の2つを通じて、想定される相手の属性を事前に把握し、相手の属性にあった説明を行う重要性について学ぶことができました。

これらのことは当たり前のことですが、これを読む方々の気付きになれば幸いです。

マネージャー 鈴木 普之

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